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sio

Author:sio
自分の暮らす街が世界で一番素敵と思える場所になったら、こんな便利なことはないだろうな。海外旅行に行くお金もない貧乏学生時代、よくそんなことを思った。

いま、曲がりなりにも”大人”と呼ばれる年齢になり、これまで見聞きしてきたものを通してこう思う。「社会」とは、ただそこにそびえ立っているのではなく、手を伸ばせば確かに届く位置にあるものではないかと。ちょっと触れたり、手を加えることで、格段と良くなる可能性を秘めたものではないかと。

圧倒的シェアを持つ県紙が一つ・民放は2社。そんな情報過疎とも呼ばれる宮崎で、第二の県紙、を掲げるのは少しおこがましいが、ここ宮崎に暮らす人に少しでも新しい発見をしてもらえるような、「自分が生きていくと決めたここ宮崎も、そんなに悪くないな」と誰かに思ってもらえるような、そんな情報を発信していければと思っている。

宮崎に縦横無尽に広がっている、たくさんの道を、ひとつひとつ、寄り道しながら。

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(1/2)【コラム/道草】なぜ母親は子供を置いていったのか 
2007/01/02 Tue 21:49
二日は新聞休刊日だった。私はいつも、新聞休刊日の前日は少しだけ新聞を読み飛ばす。次の日の楽しみをとっておくためだ。そして二日の夜、ストーブの上のヤカンがしゅんしゅん音をたてる暖かい部屋の中で、社会面下のある小さな記事に目が留まった。「アパート火災2歳児死亡 埼玉、母はスノボで留守」。

記事をそのまま転載する。
 
三十日午後十時二十分ごろ、埼玉県和光市白子一のアパート二階の一室から出火。約三十平方㍍を焼き、二歳の男児が遺体で見つかった。二人暮らしの母親(24)は三十日早朝から群馬県内に友人とスノーボードに出かけており、出火当時は一人だった。朝霞署の調べによると、遺体が見つかった四畳半の部屋が最も激しく燃えていた。母親は食事としておにぎりやパンを置いていたという。
 
読んでいて一気に冷え冷えとするものを感じた。他紙によると、母親が帰宅したのは、火災から約一時間後の11時半頃だったという。日帰り旅行を終え、急ぎ帰って仰ぎ見た自宅アパートの変わり果てた姿に、母親は何を思っただろう。後悔だろうか。懺悔だろうか。はたまた、火事を起こしてしまった息子への舌打ちだろうか。

母親はなぜ息子を置いていったのだろう。どこか預けられる知人はいなかったのか。なぜ二人で暮らしていたのか。息子の父親は、祖父母は、社会は。いくつもの「なぜ」が頭をかけめぐった。そして、亡くなった男児の無念と、これから生きていかなければならない若い母親の辛いだろう長い人生を思った。

年末のあるアパートの一室での火災。たった十八行の記事の中に、社会の断面が顔を出す。福祉、子育て支援、様々な受け皿からこぼれおちた結果が、人の命と代償に、形となって現れる。それはフィクションではない。一緒にスノボに行った友人、隣り近所の住民、彼女の職場の同僚、彼女と息子を知る近所のコンビニ店員、近くの行政担当者。確かに実在する誰かがそこにいて、なぜこのようなことが起きたのかをそれぞれがそれぞれなりに、感じ入ることがあるはず。それらを丁寧に救い上げ、紡いでいくことでしか、男児の命は報われないし、この記事が世間にさらされる意味もなさないように思う。

正月二日、そう思った。
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感想
読みました。どんどん書き慣れてきた感じだね。今やほとんどニート生活の僕より上手いかも…
あえて厳しいことを言うなれば、指摘する内容がアクロバシーに過ぎるかなぁ。この事件に周囲の大人の責任を見つけるのは難しいと思う。
パチンコに行って子どもを殺す親が毎年いる以上、スノボに行って子どもを殺す親が現れるのは必然だろう。
少子化が深刻な日本では、国は子どもを欲しいが個人は子どもを欲しがらない。子どもは親の自己実現、自己表現を阻害する存在として認識される。「子どもをネグレクトしたい」という思いは多くの若い親にとって自己実現したいという気持ちと同義である。
無意識に伏流するこの欲望は、普通に考えたら死ぬだろ!という扱いを、悪意無く選択させる。
スノボ以外にも、今後様々な趣味やレジャーのために子どもは殺されていくだろう。
邪魔なんだから仕方ない。子どもが欲しい行政は金を出したり施設を作って対応しようとしている。周りの大人もそれを当然と受け止める。
確かに、行政や会社の補助なしに子どもを作り育てるのはほとんど不可能である。
しかし、誰も子どもが邪魔なラットレースという枠組み自体に疑念を呈さない。
僕は枠組みも疑いたい。
【2007/01/05 09:53】 URL | こちら福岡社会部 #- [ 編集]


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